桓武天皇と明治天皇の御陵 w(*゚o゚*)w

京都に住んでいる人はたいてい、
天皇さんは今は東京に行ってはるけど、
もうじき帰ってきやはる
そう思ってるんじゃないかしら…


京都に都をおいた天皇さんは
鳴くよウグイス平安京って覚えた桓武天皇
そして、ちょっと行ってくるよと言って
京都を後にしたのは明治天皇


このお二人の共通点って…
実は御陵が同じ伏見桃山にあるのです


まいまい京都の若林正博さんのご案内で、行ってきました。


伏見桃山伏見城は山の上にあり、
巨椋池を正面にそこからの眺めは天下一品


豊臣秀吉が隠居後の住まいとして建てたんだけど焼失。
家康によって再建されたのちまたしても取り壊された…


良い場所は誰でも気に入るんだね〜
明治天皇も 生前この地をお気に入られ
ここに埋葬するよう遺言されたそうです。
そのことは、稲垣足穂の『武将の町』に記されているそうですが
この本が何処にも無い
古書店でお見かけの際は教えてね♪♪


まず、先に明治天皇陵へ…


山自体が御陵になっているようで
ふもとから、凛とした空気に包まれて
大きな樹が両側に並んで素敵です
    ε = ε = ε = ヾ(〃・・)ノ


で、この上が御陵って… 
えええ〜〜〜 w( ▼o▼ )w


驚きの階段は、たしか230段でした^^;しんどかった〜


天皇のお墓って、なんとなく仁徳天皇陵を想像して
前方後円墳を思い浮かべましたが、
明治天皇陵は上円下方墳で、下段の方形の一辺約60メートル、
上円の高さ6.3メートル、表面にはさざれ石が葺かれています。


今まで行ったことのある古墳は
年月を経ているからか、円墳部分には
樹が生い茂っているのが当たり前だったので
さざれ石で丸くなっているのは、意外でした。
(゚д゚)(。_。)(゚д゚)(。_。)


さすがに新しい御陵なので、植えられている松の剪定も素晴らしい!!




眺めは最高よ♪♪
チョットお天気が悪かったけど…


伏見桃山城と同じ場所にあるので
桓武天皇陵へと続く道は、石田三成の住居があったところらしい

京都は、同じ場所にいろいろな歴史が重なるね〜


綺麗な道を進むと
桓武天皇陵に着きました。

こちらの方が昔の人なのに
近代的な感じがします

残念ながら、本当は、ここかどうか疑わしいとか???
宮内庁も、この近くの土地も確保しているらしい…

一説には、本当の桓武天皇陵は、秀吉の建てた
伏見桃山城の天守閣の位置だとか
          !!(゚ロ゚屮)屮
秀吉は知らずに、桓武天皇のお墓をつぶして
天守閣を建てちゃったんですよ^^;

一番の権力者は
一番見晴らしの良いところを選ぶに決まっている
あえて、その位置を避けるはずがない
とかいう理屈です
これは私も賛成。
土地の形は変わっていない。
見晴らしの良いのは
誰にとっても気持ちがいいものですよね。

というわけで、あやふやな桓武天皇陵でした
( ◎´艸`)


もう一つ面白いお話を教えて頂きました。


桓武天皇の息子の中で、
歴代の天皇の中でたった一人だけ
散骨をした天皇がいるのです


第53代 淳和(じゅんな)天皇は、
桓武天皇の第7皇子で823年に即位。
840年、崩御。 


火葬され、遺言通り、京都府西京区大原野の山中に散骨されました。
陵墓を築くことを禁じていたため、
江戸末期まで小さな塚のみでしたが
山陵に修陵されました。
大原野西嶺上陵。


そう、山の上!
実は、遠いですが桓武天皇陵の真正面に見えているのです。
不思議な感じですね


樹の向こう側に 遠くにうっすらと見えている
お山のてっぺんです^^;


そんなことばかり言ってないで
両親のお墓参りにも行かなくっちゃ^^;

おとうちゃん
かあちゃん
もうすぐ行くからね〜
ヾ(*´∀`)/



最近、グーグルの地図の航空写真みたいなのを眺めるのがお気に入り
古墳の形などは、とてもよくわかるよ〜