令和三年 春期非公開文化財特別公開が 緊急事態宣言で中止になってしまいましたが
因幡堂平等寺に4/10におまいりしていたので 忘れないために書いておきます
特別公開時には 見落としていた三面六臂の憤怒の大黒天も
5/16甲子参りに行くことが出来ました
★不明門通(あけずどおり) 東寺の東大門は不開門(あかずのもん)
(σ≧∀≦)σ なんとなく イケズやね
源平争乱の時代 八十代の高倉天皇の「東五条院」が因幡堂のすぐ南にありました
五条院の御所に遠慮して因幡堂の南門を明けずに閉めたままにしていたからです
正面に額が奉納されているのですが 見事です
左側の龍の手にガラス球を持っているところが 素晴らしいそうです
足になっているところは 舌かな ( ◎´艸`)
★本尊 薬師如来(因幡薬師)
日本三如来の1つです 他は 清凉寺の釈迦如来立像 善光寺の阿弥陀如来像
ご本尊は写真が写せないんだから ここに張り紙したらあかんやん 。゚(゚^Д^゚)゚。
頭に布をかけてあるのは 厨子にゴッツンコさせないためです
というのは 昔は火事が多く
もしもの時には何としてでも如来さまをお助けしないといけません
急いでお助けするために 如来さまのお厨子は緊急脱出箱を兼ね備えているんです
ぎちぎちの大きさのお厨子の後ろ(背中のところ)には
直径10cm弱ほどの車輪が4つ付いていて 真ん中には丈夫な綱もついていました
イザというときは お厨子ごと寝かして そのままひもで引っ張って逃げるのです
その時に 頭をお厨子の天井にボコボコぶっつけないように
クッションとなるように 布をかけているんですって
飾りじゃないのね 。゚(゚^Д^゚)゚。
なんて愛されている如来さまでしょう 感動です (人´∀`*).。:*+゜
★因幡堂縁起 * ・ * ・ * ・ * ・ *
平安時代 橘行平は因幡国司の仕事が終わり京に帰ろうという時に
重い病にかかってしまいました
ある夜 夢のお告げで
因幡国のかろつの浦にインドから流れついた尊い木があるといわれました
行ってみると お告げ通り薬師如来像が見つかり 海から引き上げました
この像を祀ったところ 行平の病はたちまち治り京に帰ることができたのです
ある日 トントントン と行平の屋敷の戸を叩く者がありました
それは 因幡からはるばる空を飛んできた薬師像だったんです
行平は高辻烏丸の屋敷に薬師像を祀りました これが因幡薬師の起源です
* ・ * ・ * ・ * ・ *
※ 行平は薬師如来を引き上げた浦に草堂を建て 仏像を安置しましたが
京に帰った行平を追いかけて如来が京に飛び去りました
後には台座だけが残されたので
この後 お堂は 座光寺(座光院)という名前に改められました
※ 因幡から橘行平の屋敷まで薬師如来は空を飛んできたんです !!(゚ロ゚屮)屮
台座を置いて・・・ つまり はだしのまま?・・・
行平は 代用として碁盤に乗っていただきました
今も碁盤に乗っておられます w|;゚ロ゚|w
★因幡堂縁起絵巻
因幡堂縁起絵巻 に この如来さまが海から引き上げられる様子がありました
肉髻珠が真っ赤で光を放っていたのが印象的だったのですが
頭に布をかぶせてあるので 肉髻珠が見れなかったことが残念です
肉髻も薄い気がします
ほら 肉髻珠が真っ赤で印象深いでしょ ┗|*`0´*|┛
これを確かめたかったんですが
ご本尊の頭には布がかぶせてあって・・・
お坊様にお尋ねしたところ 赤い肉髻珠があります‼ とのことでしたが
やっぱり自分で確かめたいよね (;Α´∀`)
★三面六臂 の 勝運大黒天
日本に3体しかいらっしゃらないそうです
えっ これが大黒天 w( ▼o▼ )w という感じの 勝運大黒天です
怖いよね~ パッと見て 福の神とは思えない
やっぱり目が三つあります
頭の上に乗っているのはドクロです 首にかけているのもドクロです !!(゚ロ゚屮)屮
2本の腕で持ち上げているのは 象の毛皮ですって‼
そして そして
真ん中の手に握っているのは 人間の髪の毛 !!w(゚o゚*)w
お坊様は 生首っておっしゃいましたが
写真でよく見ると座った人間の髪の毛を鷲づかみにして・・・
あれれ ?(゜_。)?
三つ目 ドクロ 三面六臂 人間をぶら下げる (>人<;)
八坂庚申堂の青面金剛と同じやん
大黒天(マハーカーラ)が生まれたのは インド密教・チベット仏教で
その像容は多彩だったようです
日本では最澄が毘沙門天・弁才天と合体した三面大黒を比叡山延暦寺の台所の守護神として祀ったのが始まりといいます
ところが 日本には大国主神(おおくにぬしのかみ)がいたため 読みは違いますが
漢字が同じなため 後に大黒天と大国主神が習合してしまい
大きな袋を肩にかけた和風の大黒さまが一般的になりました
因幡堂にある大黒天は インド密教・チベット仏教の様式をそのまま伝えた
初期の大黒天だと教えて頂きました !!(゚ロ゚屮)屮
小督愛用の硯と硯箱、琴
小督の髪の毛で作ったとされる光明真言の織物などもありました
髪の毛っていつまでも無くならないのね ヾ(仰゚Д゚)ノスゴッ!!!
身近なお寺だと思っていましたが 驚くほど歴史が積み重なっていて心に残りました
最近 台湾カステラのお店が増えてきたね
これは Kさんに教えてもらったノーウェアマンのバターサンド
すごく美味しかった ヾ(´Д`)ノ☆
Kさん 楽しかったね~ ありがとうございます
中井正清一族の件 大工の棟梁だったから♪♪ 凄く納得できました
またご一緒してくださいね 今日も嬉しい一日でした ヾ(〃^∇^)ノわぁい♪