吉野太夫 花供養 ヾ(´Д`)ノ☆ 常照寺

4年ぶりとなる吉野太夫追善・花供養が鷹峯の常照寺で行われました♪♪

常照寺は 二代目吉野太夫の信仰が厚かったお寺です


入り口には吉野太夫が寄進した朱塗りの山門(吉野門)や
太夫好みの吉野窓を配置した遺芳庵
そして吉野太夫のお墓があります

 

吉野太夫は才色兼備を称えられ

国内のみならず 遠くは明国にまで名を知れ渡らせました
馴染み客には後陽成天皇の皇子で近衛信尹の養子である関白近衛信尋
豪商で当時の文化人の一人である灰屋紹益がいました


寛永8年(1631年)退廓・紹益と結婚(26歳)
寛永20年8月25日(1643年10月7日)に死去(38歳)

 

そして吉野門を寄進したのは23歳の時でした

今まで結婚した後に灰屋紹益の財産で寄進していたと思っていました

廓に居た間に自分の稼ぎで寄進したと思ったら

吉野が天女に思えてきました (@⌒ο⌒@)b

 

太夫道中

いつもなら源光庵から常照寺まで 禿を従えて太夫道中がありますが

今年はちょっと違いました

吉野が寄進した朱塗りの吉野門から出発です ヾ(´Д`)ノ☆

うわ~ もう既に本堂から門まで並んでるやん

着物を着るのに手こずり ギリです (;Α´∀`)

 

が ギリが功を奏し(こんな事ってあるのよね)

ここ 吉野門から太夫がスタートするんですって

スタンバイOKです 髙と書かれた傘をさしかけて準備万端です

 

大傘の「髙」という文字は梯子髙
輪違屋の当主である「髙橋」からとられたものだそうです
(私は高島屋が宣伝で傘を寄進したと思いこんでいました。゚ヽ(゚´Д`)ノ゚。 )

キタ~ (((o(´∀`)o)))

そして 門を入ってすぐのところに帯塚があります

太夫はさっと右を向いて腰をかがめ おまいりのポーズです m(u_u*m

ビリッケツの私の位置が一番いい所だったかもヾ(〃^∇^)ノ 

 

 

帯塚はここです ちょっと遠いので 前まで行かず

向きだけ変えたんですね

前で結ばれた五角形の帯は、「心」の字を表しているそうです (((o(´∀`)o)))

 

↓↓↓ 吉野門を入ってすぐ右側にある 『帯塚』です

 

そしてすぐに向き直り 本堂にまっすぐ進んでいきます o(*^▽^*)o

 

いつもなら太夫さんも複数人 

そしてそれぞれの太夫に禿が二人ずつ付いていて可愛らしいのですが

今年は太夫も一人だし 禿もいませんでした

 

 

太夫さんは ゆっくりと内八文字で優雅に歩きます

 

 

吉野太夫追善花供養

 

このあと 本堂で吉野太夫追善供養が行われました

なんと私たち一般人も一緒におまいりできました

前には吉野太夫の戒名の大きな卒塔婆が3本ありました

戒名は「唱玄院妙蓮日性信女」

 

法要は1時間にわたり その中には太夫の供茶もありました

私は立ち見をしていましたが お顔は法具の陰になっていましたが

手元ははっきり見れたので 茶の手前はしっかりと拝見できました

袱紗捌きがリズミカルに緩急があって魅力的でした

指先がとっても奇麗です ヾ(仰゚Д゚)ノスゴッ!!!

 

吉野太夫のお墓参り

現在の太夫(お名前は如月太夫)が 昔の吉野太夫のお墓参りをします

法要の後 本堂の左手から裏に回っていきます

C= C= C= ┌(;・_・)┘トコトコ

 

開山堂におまいりをします m(u_u*m

 

吉野太夫のお墓ではご焼香をしておまいりを m(。v_v。)m

 

 

★遺芳庵 茶席

嬉しいことに待合には桜がまだ綺麗に残っていました ヾ(〃^∇^)ノわぁい♪

 

こんな桜や こんな桜もありました

苔の上は花びらの絨毯でした (((o(´∀`)o)))

 

席入りです

 

茶席で覚えているのは (・:゚д゚:・)

お軸 鵬雲斎大宗匠の『草色青々柳色緑』

お菓子 薯蕷饅頭(吉野桜の焼き印がありました)

棗の蓋裏に金閣寺の美しい蒔絵があったこと

茶碗が淡々斎の作で内側底に 三本の指の後が残っていた事

お花に『むべ』があったこと 

むべの花 じつは初めて見ました ホトトギスくらいの大きさでした

 

 

 

お茶席が終わってから 吉野窓を見ることが出来ました (((o(´∀`)o)))

内側から見るのは初めてです

 

仏教では完全な円は完成した悟りの姿を示すといわれていますが

「吉野窓」は窓の下部が切れて直線となっています。

吉野太夫はこの吉野窓に完全ではない自分の姿を映し自らを戒めていたそうです

 

 

★吉野会席(こちらは立礼でした)

こちらのお席は立礼でした

待合でお隣になった方は なんと吉野太夫の傘持ちをされていた方の妹さんでした

何というラッキーな お話しを色々聞かせてくださいました (@⌒ο⌒@)b

 

お菓子は三色だんご

お軸は 扇子に書かれた 坐忘斎お家元の 今日又〇〇 文字が読めませんでした

手桶には千羽鶴

 

 

 

お茶を頂いてから改めて 吉野太夫のお墓参りをしました

左隣には灰屋紹益のお墓もありました

 

左が 比翼塚 右がはいやじょうえきがの歌碑です

「都をば花なき里になしにけり 吉野は死出の山にうつして」

 

灰屋紹益は単なるお金持ちというだけでなく 

文化人としても素晴らしい方だったんですね ヾ(仰゚Д゚)ノスゴッ!!!

吉野と紹益 素晴らしいカップルだったということを改めて感じ入りました

 

 

食事はお寿司でしたので持ち帰りました (@⌒ο⌒@)b

 



選挙の為小学校に寄って帰ったら

出かけてから合計8時間もかかっていました (;Α´∀`)

仕事に行ってるのと変わらへんやん

何だかんだ言っても 初めてのこともたくさんあったし

とっても楽しい一日でした ヾ(´Д`)ノ☆ 充実感たっぷり~