京都観世会館で『能と狂言』(Ψ▽Ψ*)

京都府 文化体験機会創出事業ということで

京都観世会館で無料招待公演がありました

 

無料♪♪ なんて素敵な響きでしょう ( ◎´艸`) ありがたいよね~

四条からテクテク歩いて 観世会館に到着~ ε=ε=ε=((((o^ー^)o

自由席なので早い目に行きました

 


全体はこんな感じです
早くに着いたので とてもいい場所で観賞することが出来ました

見て見て 屋根は檜皮葺き 檜皮の下の板も細かく刻んでとっても奇麗です

 

小さなお子様も多かったので

最初に丁寧な説明があり 次に狂言・能とすすみます

 

狂言 柿山伏

言葉も分かりやすいし 何より動きが滑稽で

大きな笑い声が絶えませんでした

小さな子供たちもきっと満足してくれたはず

何だか嬉しい Ψ(゚∀゚)Ψ

 

特にチョコプラ長田さんが物まねで 和泉元彌さんが柿を食べる 

「あむ あむ あむ」という場面があってメチャクチャ面白かったです

和泉元彌さん(チョコプラ長田さん)の食べ方とは少し違っていましたが

あのポーズが刷り込まれていたので 楽しさ倍増でした o(*^▽^*)o
 

★能 土蜘蛛 ササガニ

土蜘蛛はポピュラーな演目ですが

念仏狂言で演じられる土蜘蛛よりも詳しい内容でした

土蜘蛛が頼光の寝所にやって来たところから始まりました

 

ササガニって・・・? 蜘蛛の古名だそうです

もちろん見せ場は蜘蛛が糸をはく場面です

まあ 思い切りのよい事 いったいいくつ持ってるのかと驚くくらい

華やかに パ~ッ パ~ッ と糸を繰り出していきました

蜘蛛が巣に戻って 四天王が退治するという場面で終わりました

 

一本だけですが 蜘蛛の糸を受けることが出来ました ヾ(´Д`)ノ☆

殆どの蜘蛛の糸は 演者の足に絡みついて そのまま袖に連れ去られていきました

 

 

演技が終わり ある程度の蜘蛛の糸が残っていましたが

子供達があっという間に駆け寄り 懸命に拾っていました

多分 みんなにいきわたったと思います  ヾ(≧∇≦*)〃ヾ(*≧∇≦)〃

 

子供達の中には 能・狂言の本の挿絵を見ながら予習している子供もいて

熱心だなと感心しました

誰かが この世界に飛び込んでくれるかしら ♪d(´▽`)b♪

 

最初の説明の時 鏡板に描かれている松は堂本印象の作品ですと紹介がありました

そういえば 智積院の襖絵の松と雰囲気が似ています

 

あれ サインがしてあります

帰る時に近くまで見に行きました

 

以前ですが東寺の小子房に行った時に教えて頂きました

堂本印象が自分で自信作や!! と思った場合のサインは 

「恒世印象」にしていますと (@⌒ο⌒@)b

 

 

観世会館に来る前にお友達と集合して パンケーキを頂きました

私だけ3枚も頂いてしまいました 美味しかったよ~

フワフワパンケーキが大好きです  (((o(´∀`)o)))

Tさん Kさん ご一緒していただいてありがとうございました

今日もメッチャ楽しかったね~  ヾ(´Д`)ノ☆

相国寺 光源院 干支がいっぱい (σ≧∀≦)σ

毎年楽しみにしている『京の冬の旅』

やっぱり ”初公開” という文字に目を奪われました

 

光源院というのは 室町幕府13代将軍・足利義輝菩提寺です
義輝の戒名 光源院融山道圓 から光源院に改称したそうです 

 

足利義輝って 私にとっては向井君しかありません

麒麟が来る』では胸を締め付けられたよね~ (゚д゚)(。_。)ウン!

亡くなったのは旧旧二条城 今は平安女学院のあるところです

光源院(相国寺)から近いよね

旧旧二条城は旧二条城とほぼ同じ位置にあったそうです

 

相国寺に到着~ 

光源院は相国寺塔頭です 

金閣寺銀閣寺も相国寺塔頭よ 凄いね~!!w(゚o゚*)w

境内も広~~~い

光源院は総門からすぐの所にありました

特徴のあるお寺で 色々な所に干支が潜んでいました

 

★本堂(室中の間)

水田慶泉が描いた襖絵で十二支すべてが優しくのんびりとくつろいでいました

室中の間にご本尊がいらっしゃいます

真ん中の襖(虎と龍の間)が少し開いていて拝ませていただきました

 

御本尊は小さい厨子(高さ0センチくらいかな?)の中に入っておられました

釈迦如来文殊菩薩普賢菩薩の釈迦三尊と十六羅漢の小さなお姿が

厨子の中にぎっしりと高さを違えて入っておられ 

数えても全員は見えませんでした

このようなおまつりの仕方は江戸時代に流行った形だと教えて頂きました

 

御本尊の前には足利義輝の位牌がありました

義輝の戒名から「光源院」となったのですが 『光源院融山道圓』 だけでなく 

漢字がもっと書かれていました 残念ながら読めません 。゚ヽ(゚´Д`)ノ゚。

 

★礼の間・旦那の間


加藤晋が奉納した襖絵には 風景の中に「桃太郎」「笠地蔵」「雪女」「狐の嫁入り」「西遊記」などが溶け込んでいて 探すのが楽しかったです

落款を押したのが2023年12月だと聞きました なんと出来立てホヤホヤ♪♪

 

華やかな 桜の襖絵の中には小さなちいさな七福神が隠れていたり…

5人はすぐにわかりましたが あとの二人は見つけにくかったわ~  (@⌒ο⌒@)b

 

風神雷神の子供時代の画も可愛らしかったよ

手の指も足の指も4本ずつだったように見えました

 

若冲に絵を学んだ画僧・維明周奎

梅図双幅
維明周奎頂相・自画讃

と全部で3幅かかっていました

維明周奎は梅の絵が上手く 現代でも「維明周奎といえば梅」ですって

梅の画は2幅ありましたが 月替わりでかけられるそうです

 

★十二支の庭

花手水が印象的なお庭には 干支そっくりな石が立っていました

 

正直 この表を見ないとわかりにくいものもありましたが

なるほどと思えるものもたくさんありました

 

特に凄かったのは 辰です
この真ん中の石 水面から顔を出した龍に見えませんか?

 

これは牛とウサギ 感じが出ているのですぐにわかりました ┗|*`0´*|┛

 

★行者堂

そして入り口すぐにあった建物 行者堂には

弘法大師像 

役行者・・・光格天皇から神変大菩薩というお名前をもらった役行者

前鬼・後鬼とともにもの凄い形相で目を光らせていました

不動明王は色鮮やかで 矜羯羅童子(こんがらどうじ)と制吒迦童子(せいたかどうじ)も可愛らしかったわ~

 

山岳修行をされた役行者と同じように 現在も大峰山頂上まで参詣するグループがあり 男性に限られますが参加者を募っておられました(連山組)

一年に一回6月の第二周の土曜日曜を利用して参詣しているそうです

お堂の外壁に額が上がっていました

 

 

★アマーク・ド・パラディ 寒梅館

相国寺・御所・同志社って一塊になっています

だから ランチは同志社の学食へ ε=ε=ε=((((o^ー^)o ブ-ン!!

 

学食と侮るなかれ お洒落です ( ◎´艸`)

一番上の階には高級なフランス料理のお店がありますが

今日は一階の学食です

 

学生がバイトしています

学食なのでリーズナブルよ  (@⌒ο⌒@)b

私はアマークランチ(写真のです)  Tさんは つくね丼をチョイス

美味しかったわ~ 御馳走様でした  (((o(´∀`)o)))


今日もTさんが御一緒してくれました

ご飯も一緒に食べると余計に美味しいよ

いつもありがとーね   ヾ(´Д`)ノ☆

節分 六波羅蜜寺の土蜘蛛よ ヾ(´Д`)ノ☆

京都で一番面白いのは節分よね

結構ユニークな所もあります (σ≧∀≦)σ

 

八坂神社で舞妓さんの踊りと豆まきのあと

六波羅蜜寺の六斎念仏 土蜘蛛が面白いよと教えて頂きました

ありがとーね  (((o(´∀`)o)))

 

八坂さんに到着  ♪d(´▽`)b♪

人でいっぱい 外人さんもたくさんいました

私は背が低いので 階段の所にいた外人さんが(日本語で)

「ここに来ても良いよ」と隙間を開けてくれました ありがとーね  ♪d(´▽`)b♪

 

この時間は祇園甲部の舞妓さんのおめでたい踊りと祇園小唄の奉納舞でした

2月なので花簪は梅になっています 可愛らしいわ~ 

法被姿は節分お化けの舞妓さん達です 

お化けが一番面白いね (゚д゚)(。_。)ウン!

 

 

さあ 六波羅蜜寺に急がなくっちゃ C= C= C= ┌(;・_・)┘トコトコ

 

幽霊子育飴が見えるとすぐね 

早く着いたつもりですが 既に人でいっぱいでした

 

サリーちゃんが書いた文字を見上げ ああ 六波羅蜜寺としばし感慨にふけります
( ◎´艸`)

 

 

はじめに六斎念仏の皆さん芸舞妓さん 

そして参拝に来た人を含めてお祓いをしてくださいました

ちょっとビックリ !!(゚ロ゚屮)屮

神社では幣でお祓いをしてくださいますが お寺でも???

 

その後ご住職がお話をしてくださいました

六波羅蜜寺では 『鬼は外 福は内』とは言いません

『ふくかこめ~』と言いますって 『福 囲め』かな?

 

最初の豆まきです

芸妓さんと舞妓さんは宮川町から来てくれています

あれ? 日記を書いている今になって気付きました

この舞妓さん 襟替えです ほら 先笄(さっこう)結ってます

もっときちんと見て置けば『おめでとう♪♪』って言えたのに  (((o(´∀`)o)))

 

 

そして 退治するのは鬼ではなくって土蜘蛛です

読経中のお坊様に土蜘蛛が糸を吐いても お坊様が豆を投げつけると

土蜘蛛が転げまわります

六斎念仏で鬼を追いやってしまいます

結構面白かったです

 

ここで豆を投げつけられます


土蜘蛛がひっくり返って 追い出されていきます


いつも思いますが どこの追儺式でも 鬼を退治するのではなく

自分のエリアから追い出すだけというところが

優しいというか 異種のものと住み分ける というような気がします

鬼を追い払う 改心させて同じエリアに暮らす 昔からそうしてきたんでしょうね

 

二度目の豆まきですべておしまい 

沢山のお豆さんを呼び込めました

後で土蜘蛛の糸ももらえたよ~  (@⌒ο⌒@)b

 

 

帰りに 最近はやりのりんご飴を食べてきました

みんなで分け分け o(*^▽^*)o


Tさん Kさん ご一緒してくださってありがとーね

美味しかったね~ 楽しかったね~

今年の節分も大満足でした  (@⌒ο⌒@)b

浄瑠璃寺と岩船寺が沸騰中 (((o(´∀`)o))) 

九体阿弥陀仏で超有名な浄瑠璃寺ですが
この日だけは特別なの

今行けば どれもこれも一度にお詣りできるんです

★三重塔初層開扉・薬師如来坐像(毎月8日)
秘仏吉祥天女立像(1/1~1/15)
大日如来座像など(潅頂堂)(1/8~1/10)

★そして岩船寺秘仏如意輪観音秘仏・弁財天、秘仏羅刹天(1/1~1/15)

 

浄瑠璃寺の吉祥天が大好き♪♪

これは行ってこなくっちゃΨ(`∀´)Ψ もちろんTさんと一緒です
早起きし 電車を乗りつぎ加茂駅からはコミュニティーバスに乗ります

 

★当尾(とうの)

 

このあたりは京都と言っても 奈良との境目

都が京になってからは山城の国と言われましたが 

平城京の時代には山背の国と言われていました

平城京から見ると 確かに山々の背後にあたる場所です

それ故に南都仏教の影響を強く受けました


「当尾(とうの)」の地名はこの地に多くの寺院が建立され

三重塔・十三重石塔・五輪石塔などの舎利塔が尾根をなしていたことから

「塔尾」と呼ばれたことによるそうです (゚Д゚) ソウナンダ??

 

岩船寺

秘仏はすべてこの本堂でおまいりすることが出来ました
阿弥陀如来さまは 四天王に守られて安心した柔和なお顔でした

元は三重塔にお住まいだった普賢菩薩さまはゾウさんの上に乗っていました

出来ることなら三重塔の極彩色の中が居心地がいいんじゃないかしら

戻してあげたいけれど痛むんだろうな  。゚(゚^Д^゚)゚。

三重塔の御開帳は1年ほど前にありましたが行けなかったのが残念

お坊様のお話しによると 729年創建で開山は行基です

近くにある超有名な浄瑠璃寺よりもうんと古いんですって

でも浄瑠璃寺の開基は行基だし あれ? ちょっと難しい  。゚(゚^Д^゚)゚。

 

見過ごしそうになりましたが お不動様でした
なんと重要文化財です !!(゚ロ゚屮)屮


三重塔も重要文化財です

山が背後に迫っているため ぐるりと塔を一周できるので

いろんな角度から眺められます 

後ろはてっぺんに近い位置なのよ Ψ(゚∀゚)Ψ

 

水煙も美しく 猪の目のハート♡が見えますね  (((o(´∀`)o)))

 

野イチゴ発見 甘酸っぱくて美味しい Ψ(`∀´)Ψ

ウンコさん発見 直径7㎜ほどで3重にとぐろを巻いている 暗緑色で全体は5㎝程

とぐろを巻くって誰のだろう ?(゜_。)? 結構大きな動物よね

触ってみると柔らかかったのでまだホヤホヤ

このあと ちゃんと手を洗いました (σ≧∀≦)σ

★★★ 追記:岩船寺あたりで猿に遭遇したと教えてくださった方が居ました
猿の糞でググってみると 大当たり~


私が見つけたのもこんな感じでした 色はもっと緑色だったけれど (σ≧∀≦)σ

 




お楽しみは隅鬼です 全部で12個 可愛らしくてたまりません

白いパンツをはいている? ふんどしかな?(σ≧∀≦)σ

 

鐘もゴーンと撞かせていただきました 除夜の鐘のリベンジよ

メチャさむなので完全防備です ( ●´艸`)

 

 

★石仏の道

さあ ここからは歩くよ~
浄瑠璃寺までの間にいらっしゃる摩崖仏などたくさんの石仏様に会いに行きます

たどり着けるかな~  。゚(゚^Д^゚)゚。

 

摩崖仏の大きさがわかるようにTさんにモデルになってもらいました

こんな大きな石や こんな木の根っこが浮き上がっているのに
大丈夫かな~ 結構怖いよ

土の中にうずまって お顔だけが出ています

優しいお顔がわかるかな~

カラスウリがわんさか 
種の周りのネットリしたところは苦みだけでなく意外に甘みもありました

メッチャ美味しい~ ( ◎´艸`) フフフ 歩いてお腹が減っています

 

 

浄瑠璃寺に着きましたが先にお昼ご飯 九体定食だよ~

山菜など全部で9皿ありましたが山クラゲが特に美味しかった~ Ψ(`∀´)Ψ

 

 

浄瑠璃寺

九体阿弥陀仏が池に映ったら 思わず手を合わせてしまうでしょうね~
(゚д゚)(。_。)ウン!

こちらが阿弥陀如来さまの西方極楽浄土とすれば

池を挟んで反対側は 薬師如来さまの東方浄瑠璃浄土です

三重塔は国宝になっています 水煙が繊細で可愛いね (@⌒ο⌒@)b 

塔の前から西方極楽浄土を眺めます
池の中で赤く見えているのは弁天堂です

仏様たちはにこやかに迎えてくださいました

パンフレットの写真が驚くほど綺麗でした  (((o(´∀`)o)))

 

大好きな吉祥天女

見てください ウエストから垂れているおリボンの可愛い事  (((o(´∀`)o)))

襟はセーラーカラーのようになっているし 後ろから見て見たい気がします

お袖などいったい上着を何枚重ねているんでしょう

日本の着物とは違って腕の付け根あたりの袖巾は狭そうです 

袖口だけが広がってるのかな~
スカート部分の生地はお袖よりも柔らかそうです 奇麗ね~

 

メチャクチャカッコいい四天王のうち2体は国立博物館です

博物館で見れるのも嬉しいけれど やはり仏様はここに居て欲しいな~

 

三重塔にいらっしゃる薬師如来さまは座像でした 以外な気がしました

塔の門が開いていて拝むことが出来たのですが 

実際にはこんなに綺麗には見れませんでした

このパンフ 最高です(拝観料で頂けるパンフ)

 

そして 今まで知らなかった灌頂堂の大日如来さま

メチャクチャハンサムです 逢えて良かった~

私のイメージの大日如来さまとは違っていましたが 智拳印を結んでいます

池の弁天堂の弁天様も超キュートでした

はるばる来てよかった~ 超嬉しい  (((o(´∀`)o)))

Tさん いつもご一緒してくれてありがとーね 二人でたくさん歩いたね

痩せてるかしら (σ≧∀≦)σ

2024 初釜 美味しかった~ ヾ(´Д`)ノ☆

今日はお稽古の初釜でした

お点前をするわけでもなく お運びでもなく

お客様の役になるだけだったので プレッシャーもなくルンルンです

フフフ 食べるだけ~ Ψ(`∀´)Ψ

 

昨年は初めての初釜以来 沢山のお茶会や利休忌、献茶式に参加することができ

幸せな一年でしたヾ(´Д`)ノ☆ 

初心者とは思えないようなキラキラの経験をさせていただけたのは

よーこ先生のおかげです (((o(´∀`)o))) ルンルン

 

初釜のお料理はすべてよーこ先生の手作り !!(゚ロ゚屮)屮

お茶の先生はお料理上手でないとなれませんね

 

★待合

釜の湯がふるまわれます

★席入り
私たちの教室では正客は昨年お点前をしていた人と決まっています

その後の順番はジャンケンよ (σ≧∀≦)σ

正客から順ににじって入ります

 

掛け軸は 登り龍の画 文字は読めません

花入れには 柳をクルリンとした結び柳

及台子(昨年は真台子でした)の上には住吉蒔絵の平棗

焼物は分からないけれど 特注の焼物に特注の截金を施した

清々しい色合いの物でした

 

濡れた状態の釜を拝見して席に着きます

見ている時は濡れた状態ということに気付かず トホホです …o(;-_-;)o

釜が乾いていく(色が変わっていく)様子を楽しむんですって・・・ 

そんなことも知らなかった

 

★初炭
釜に灰を入れ その後炭を入れる様子を拝見します

炉縁は菊桐蒔絵で豪華でした

 

★千鳥

主客に亭主から酒が注がれ 

同じ盃で次客から亭主に酒が注がれて次々と客と亭主の間でお酒を酌み交わします

主客・亭主・次客・亭主・3番目・亭主・4番目・亭主・・・

これを最低2周回します

3週目で主客が「もう結構です」と言わない限り ずーっと続くようです

羨ましいような ゴメンこうむりたいような  。゚(゚^Д^゚)゚。

お茶の先生になるには お料理だけでなくお酒に強い人でなければ無理ですね

(車の方も多かったため 実際には千鳥はせずに 一杯だけ頂きました)


★懐石料理 

打ち出の小槌の中は黒豆 レンコンの下にはサーモンが隠れています

ごまめは 緩い火で炙って最後に味付け ゴマの味が最高でした

なますに入っている干し柿は 生徒さんの手作り干し柿です

すべてが手作り  (((o(´∀`)o))) 

このほかにも小鉢がありました

 

お雑煮はメインなので お味噌汁の位置ではなく

真ん中に配膳されます

 

ご飯もありました

いつもの初釜なら 一文字の盛り付けにした蒸らす前の炊き立てご飯ですが

今日は7日なので七草がゆでした(香の物付き)

 

★ご馳走様の合図

みんなで一斉に お箸の左側を押し お箸が盆に落ちた「カタッ」という音が

御馳走様の合図です

水屋からお膳を下げに来てくれます(これも初めて知りました)

★主菓子

裏千家の初釜は花びら餅です

これも老松の特注で 川端道喜の御菱葩のように大きくて中がゆるゆるの花びら餅

ゆるゆるなので 右手で釣り上げて直接お口に運びます

懐紙で花びら餅の大きさがわかるでしょうか 

店頭で販売している通常のサイズとはずいぶん違っています

中身は京都のお雑煮が入っている感じです ヾ(≧ω≦)ノ


★中立ち(席改め)


★濃茶
二度目の席入りをし濃茶をいただきます

 

★薄茶
干菓子と薄茶をいただきます

ご馳走様でした メチャクチャ美味しかったです Ψ(`∀´)Ψ

よーこ先生 ご一緒させていただいた皆さま ありがとうございました

今年もよろしくお願いいたします

お稽古に励みます ヾ(´Д`)ノ☆ 

 

もう おなかパンパンだと思っていましたが 夕食も普通に頂いてしまいました

(σ≧∀≦)σ ダイエットは難しいですね~

2024年 お正月 o(*^▽^*)o

みなさま あけましておめでとうございます
今年もよろしくお願いいたします

 

1日には能登半島地震が発生
2日には日航機の機体炎上


心の痛むことが立て続けに起こっています

被害にあわれたみなさま 心よりお見舞い申し上げます
元神戸っ子なのでどうしてもフラッシュバックしてしまいます

 

主人が大好きな妙心寺雲龍図をハンダゴテで描いてくれていたんです

結構大きいんですよ 数か月かかって出来上がりました

 

1日は雨模様でしたので2日になってからお墓参りと初詣

 

 

大好きなみたらし団子は外せません Ψ(`∀´)Ψ
その後 神泉苑に行ってきました

 

神泉苑

令和6年は 弘法大師御請雨から1200年となります

記念すべき甲辰(きのえたつ)歳なので 初の御開帳がありました

 

初という威力は凄いです 初開帳ですよ  ヾ(≧∇≦*)〃ヾ(*≧∇≦)〃

こんなに並んでいるのは初めて見ました

鳥居は御池通に面しているのですが 道路まで列がはみ出ています

 

毘沙門天 初御開帳

本堂というので善女竜王社かと思っていたら不動堂と書かれているところが本堂でした

本堂 の名前は『利生殿』というようです

中の写真NGなのが残念

写してはいけませんが この状態でも写ってしまってる .+(〃ノωノ)゚.+°―!!  ゴメン

鈴緒の右の黒い塊が ご本尊の聖観音です 

そのすぐ右が 大きな不動明王

鈴雄の左の黒い棒のように写っているのが 今回初の御開帳の

秘仏 毘沙門天像です

その左隣には僧侶の姿の像がありましたので 弘法大師像かもしれません

 

毘沙門天像は じっくり見るのにはちょっと遠いです

でも手に「宝塔」や沙悟浄が持っているような棒は見えました(名前は?)

お腹のあたりに「はらくい」がありそうな気もしました

頭の後ろに転法輪がありました

でも遠くてポスターほど詳しくは見えませんでした

ポスターだと鼻の下にお鬚があるみたいね

 

建物の屋根の巴蓋に龍が向かい合っていました
さすが善女竜王の住処です (゚д゚)(。_。)ウン!

 

増運弁財天 御開帳

何度もお参りしたことはあるのに 御開帳されているかどうか 

気にしたこともありませんでした

残念ながらこちらも撮影禁止です 。゚ヽ(゚´Д`)ノ゚。

とてもやさしいお顔をされていて 頭の上に鳥居が乗っています

鳥居の向こうに(つまり頭の上に)どなたかが乗っているのですが

鳥居が邪魔をして 何かがわかりません ↓↓↓ ポスターの拡大

 

鬼瓦?が面白かった

ナマズ? 池だから? お鬚が笑っているお口に見えました ( ●´艸`)

 

★善女龍王

やっぱり神泉苑といえばこの景色よね~

 

法成就池にかかる 成就橋 奇麗ね~

この橋は 願い事を一つだけ念じながら渡り 

善女龍王社に参詣すると願い事が叶うと言われています

 

↓↓↓ 拝殿

↓↓↓ 善女龍王

 


恵方

祭神は歳徳神(としとくじん)

毎年大晦日の夜10時半に翌年の恵方に祠の向きを変えます

今年の恵方は寅卯(東北東)です

 

お正月は普段は入れない 神泉苑の周りのお庭を一周できました

ツバキのお花が沢山咲いていて とっても綺麗

東北角に鐘楼がありました 本当は除夜の鐘を撞きに行きたかったんですが

雨と地下鉄バスの終夜運航無で 無念でした

 

地下鉄の駅から神泉苑の途中にある縄屋さんが昔から大好きです(見てるだけ)

 

見所満載で 楽しめた神泉苑でした

皆さま 今年もよろしくお願いいたします  (((o(´∀`)o)))

 



 

ここから後は私の覚書なのでスルーしてください

 

神泉苑と言えば 大きな出来事が4つ(?)

● 空海と守敏の降雨対決 ドラマチックよね~ (((o(´∀`)o)))

干ばつに悩む嵯峨天皇の勅命で東寺の空海と西寺の守敏が祈雨の法力競いを行いました
まず守敏が雨を降らせることに成功 続いて空海が祈るが雨は降りませんでした

怪しんだ空海が法力を使って調べてみると 守敏があらゆる雨の神(龍神)を法力で水瓶の中に封じていることが判明したのです

空海は探しに探して天竺の無熱池に善女龍王がまだいることを知り 善女龍王に祈ったところ黒雲が湧き起こって雨が降ったのです

守敏の雨は都にしか降らなかったのに対し 空海の雨は3日間にわたって国中に雨を降らせ国土を潤したのです
これ以降 神泉苑の池の水は枯れたことがありません 空海も東寺もどんどん大きくなっていきました

 

● 義経静御前の出会い

これも大日照り時 100人の僧侶が祈っても雨は降りませんでした

その後99人の白拍子の舞も届きませんでしたが100人目の静御前が舞い始めると

雨が降り出したのです 後白河法皇静御前に「日本一」の称号を与えました

この時 静御前義経に見初められ側室となりました 

今でも神泉苑祭には静御前の舞が行われています  (((o(´∀`)o)))

● 祇園祭の始まり

疫病の流行により朝廷は863年(貞観5年)神泉苑で初の御霊会を行いました

全国の国の数を表す66本の矛を卜部日良麻呂が立て 

その矛に諸国の悪霊を移し宿らせることで諸国の穢れを祓い

神輿3基を送り薬師如来を本地とする牛頭天王を祀り御霊会を執り行いました

この869年(貞観11年)の御霊会が祇園祭の起源とされています

清和天皇の時代よね あちらこちらで大活躍ね~ヾ(仰゚Д゚)ノスゴッ!!!

 

● 御池通

この池があるので 神泉苑の前の通りは御池通りという名前です

 

空也踊躍念仏 リベンジ~ ( ●´艸`)

空也踊躍念仏は以前もお参りに行ったことがあるのですが

大勢で座っているため 後ろになってしまうと見えにくいんです

何故かというと お坊様が念仏踊りをされるところは石の床の上で

私たちの座っている所よりも身体半分下がっているからです

 

1時間前に到着したので 今回は一番前に陣取れました
ヤッター o(*^▽^*)o

 

松原橋を通って行きました

空也踊躍念仏

平安時代に疫病が大流行し 時の村上天皇空也上人に病魔退散の勅命を下しました

村上天皇(62代)というのは平安時代の中頃の天皇です

天皇親政により理想の政治が行われた『天暦の治』として聖代視されています

 (@⌒ο⌒@)b

 

疫病が流行った際に空也上人自身が病魔退散を願って始めたとされるのが念仏踊です

空也上人はお念仏だけでなく火葬や土葬も広めました

腐敗したものを避け清潔に保つことで

結果的に疫病を予防するということを教えたのです ヾ(仰゚Д゚)ノスゴッ!!!

当時は風葬が当たり前の時代だったのに 革新的ですね

 

 

空也踊躍念仏(くうやゆやくねんぶつ)は庶民に熱狂的に受け入れられました

念仏踊りが大きな大きな力になってくると

その力を恐れた権力者たちから迫害を受けるようになります ヾ(≧ω≦)ノ

(迫害され始めたのは鎌倉時代の初めころか?)

 

そこで始まったのが「隠れ念仏」です

見つかっても咎められないように お念仏の言葉も変わりました

 

南無阿弥陀仏

「のーぼーおみとー」「もーだなんまいとー」と独特の言葉で唱えます

上半身を上下に揺らし頭も大きく振ります 歩きながら鉦を叩きます

 

「かくれ念仏」と呼ばれていますが

言葉の通り 権力者に見つからないように本堂の後ろ側で唱え踊り

800年以上前から歴代住職の口伝によって受け継がれてきたのです

 

800年間と一言で言いますが鎌倉時代からずっと受け継がれてきたって

凄くないですか щ(゚ロ゚щ)

 

↓↓↓ 京都新聞youtubeより

youtu.be

 

 

この階段を上がったところが外陣です

200人ほどが座れます

外陣と内陣の境目には蔀戸になっていました 内陣側に開きます

(ご本尊側に開くのは意外でした)

 

向こうがわの内陣は 石畳なので きっとこの地面とほぼ同じ高さだと思います

だから 前に座らないと お坊様の踊りが見えにくいんです (゚д゚)(。_。)ウン!

 

内陣にはお厨子が三つ並んでいました

真ん中がご本尊 秘仏の十一面観音で12年毎に御開帳があります

なんとその12年毎というのが来年の年末なのよ o(*^▽^*)o

どんなお顔なんでしょう 会うのが楽しみで仕方ありません♪♪

 

後の二つのお厨子は どなたがいらっしゃるのかしら  ?(゜_。)?

厨子厨子の間には 不動明王と釈迦如来がいらっしゃいました

 

そのお厨子の美しい事

全体に彫刻が施されており 金色もまだまだ沢山残っています

よく見ると 飛天があちらこちらにいらっしゃいます(見えたのは4人)

楽器を持っているようにも見えました

もっと近くで見たいな~

 

踊躍念仏の間は結構大きな声で一緒に 「もーだなんまいとー」

とお唱えしていました 大きな声だからストレス発散にもなるよ 

( ●´艸`)

 

踊躍念仏が終わると 特別に全員順番に内陣に入らせていただき

ご焼香の後 お札まで頂けました

これで来年も無病息災 元気で暮らせます ヾ(´Д`)ノ☆

お財布のポケットに入るほどの小さなお札です

 

六波羅殿

六波羅蜜寺は 平安時代末期には平家とのつながりが出来

境内の隣に『六波羅殿』と呼ばれる館が建築されました

そして平清盛によって六波羅蜜寺は平家の屋敷群に取り込まれてしまったのです

このあたり一帯に平家一門の屋敷が5,200棟余りも営まれていたなんて

どこからどのあたりまでなんでしょう 想像がつかない大きさです

 

六波羅探題

平家が滅びた後は 源氏によってこのあたりが

六波羅探題』という鎌倉幕府が京都に設けた出先機関になり

朝廷の監視や反幕分子の抑圧などが行なわれていました

 

平清盛塚 ★あこや

左:平清盛

右:あこや塚・・・平景清の妻 阿古屋の塚です

 

この両方をかこっている石垣は なんとあの坂東玉三郎さんの寄進です

 

たまたま先日見に行った 南座の顔見世興行の出し物が『景清』でした

あこや塚の説明の通りの劇で 夫の景清を團十郎さんが演じたんです

その時に 年末には六波羅蜜寺に行こうと決めました  ♪d(´▽`)b♪

 

年の瀬も押し迫り 六波羅蜜寺もお正月の準備が整っていました

帰る道すがら 建仁寺を横目で見 ゑびす神社にちょっと寄り

宮川町を通って とんがらし屋さんへ

 

ずいぶん前に マツコの知らない世界で紹介されたそうです

四条大橋から東華菜館を眺めるのはいつ見ても大好き  ♪d(´▽`)b♪

 

買ってきたのはこれ~ (((o(´∀`)o)))

 

と言っても私は辛いの苦手なので ほとんど出番はありませんが

主人はたまに使うしね 

 

みなさま いつも日記を読んでくださってありがとうございます

お友達のみなさま いつも仲良くしてくださってありがとうございます

来年も宜しくおねがいします  ヾ(´Д`)ノ☆