力が入っています (((o(´∀`)o))) だって光ちゃんも居るんですもの
どの日に行こうかなって・・・そりゃあ オオサンショウウオがやってくる日です
Tさんと待ち合わせをして…
玄関のオオサンショウウオだけでも1時間くらい遊んでしまいました ヾ(〃^∇^)ノ♪
★薬師如来像 (神光院蔵)
平安時代 内刳なしです
優しいお顔ですが しっかりしておられ存在感が半端ないです
横から見るとお鼻がすごく高い ヾ(仰゚Д゚)ノスゴッ!!!
ただ 白毫が怖い おでこが削られて… w|;゚ロ゚|w 目立ちます どうして?
★車争い図屏風 土佐光茂(みつもち) (仁和寺蔵)
右隻
左隻
ひかるちゃんファンとしては気になっていました
右隻の真ん中にいました もちろん黒い装束です カッコいいです (((o(´∀`)o)))
左隻が車争いの場面です
六条の御息所の心を推し量ると痛いです
六条の御息所は出衣(いだしぎぬ)が濃いグレーです
自分で年を考え 祭りなのに奥ゆかしく暗い色なんでしょうか
可哀そうに榻(しじ)が飛んで行って壊れています
身分の高い人なのに…
榻(しじ)というのは牛車から牛を外したとき、車の轅(ながえ)の軛(くびき)を支え、
乗り降りに際しては踏み台とする台のことです
後ろの葵上の出衣は華やかで美しいですね
おまけに左右に出ている袖は 模様も色も違っていてキラキラ華やかです
今を時めく光ちゃんの正妻ですが 車争いも葵上が指図したわけではなく
悪い印象を持たれるのも可哀そう …o(;-_-;)o
こちらの軛はちゃんと榻の上に乗っているし 赤い布も華やかですね
人生は思ってもみない方向に進むことがありますが
源氏物語は何度読んでも心が動かされます 屏風絵も大好き ♪d(´▽`)b♪
★方広寺の風鐸
大きさにびっくりです リンリンがこのサイズなら 風鐸は? お寺は 仏像は
すべてに破格サイズですね ヾ(仰゚Д゚)ノスゴッ!!!
秋の風景ですが 初秋から晩秋に移り変わる時間と空気が感じられました
サ~ッと風がそよいでいきます 芒の色が抜けてきたのがさみしいな~
最初はもっと風が吹いていたのね o(*^▽^*)o
★地蔵菩薩半跏像
Tさんのお嬢様は 日本初の女性の伝統工芸士で仏像彫刻をされているんです
といっても、母は普通の方なんですが 二人でああでもない こうでもないと
何を見ても好きなことを言い合える関係が有難くって楽しくって
私の主張は ハンサムな仏像かどうか 好きかどうかの2点です 。゚(゚^Д^゚)゚。
このお地蔵様 とっても素敵でした
生六道地蔵菩薩像
小野 篁(おののたかむら)は、毎夜東山六波羅にある六道珍皇寺の空井戸から冥土へ出かけて閻魔王を助け、朝になると嵯峨六道町の福正寺にある空井戸からこの世へ戻ってくるのが常でした。
あるとき、地獄に赴いた篁は、猛火の中で苦しむ亡者を救い、その身代わりとなって自ら焼かれておられる地蔵菩薩のお姿を見ました。篁はその地蔵菩薩の尊さに心を打たれ、そのお姿を彫刻し、冥土の出口にある福正寺にお祀りしたそうです。(『地蔵尊縁起』より)
冥土からこの世に戻ることを「生まれる」ととらえ、そこが「六道」からの出口であることから、この出口を「生六道(しょうろくどう)」といい、この地蔵菩薩像を生六道地蔵菩薩と言うようになったと伝えられています。
なお、福正寺は明治時代に入って廃寺となり、明治13年(1880年)に薬師寺に合併されました。そのとき、この地蔵菩薩像を含め、いくつかの仏像が薬師寺に移されました。
福正寺にあったと言われる空井戸は、残念ながら現在は残っていません。
中央:地蔵菩薩半跏像(伝小野篁作)<京都市指定文化財>
左:小野篁像
右:聖徳太子像<京都市指定文化財>
この子はお手手の指が4本で なんと足の指も4ほんでした
そんな子もいるそうです 1m以上ありました 大きかったです
もう一人のおチビちゃんは 手の指は4本 足の指は5本の普通の子供だったの
濡れても構わないので抱っこしてもいいですか?ってお尋ねしたら
指がちぎれることもあるからと 断られました w( ▼o▼ )w
下あごの歯は1重ですが 上あごの歯は2列になっていて スパっと切れるそうです
映像のお部屋もあって10種類全部見ていたら 合計3時間以上も滞在していました
オオサンショウウオで遊びまくっていたので、帰るときは皆さんがご挨拶してくれて
嬉しいような恥ずかしいような・・・ でもすっごく楽しい一日でした Ψ(゚∀゚)Ψ
Tさん いつも遊んでくれてありがとーね ヾ(´Д`)ノ☆